この世の果てで恋を唄う少女YU-NO第26話(最終話)感想:この世の果てにたどりついたYU-NOと・・・




この世の果てで恋を唄う少女YU-NO第26話「この世の果てで恋を唄う少女」の感想です。

前回は巫女として選ばれたユーノがグランティアとシンクロする儀式に臨むも、それを龍蔵寺が邪魔しにかかり、神帝と協力することを選んだアマンダたちレジスタンスが立ち向かっていくエピソード。

龍蔵寺は思念体を出現させるとともに次元の狭間を街のそこかしこに空けていった、アマンダもその次元の狭間にもののみごとに飲み込まれていくことになってしまいました。

それでは最終話、見ていきますよ!




第26話あらすじ

圧倒的な強さを見せつける龍蔵寺=次元犯罪者に苦戦するたくや達。
そこに現れたのは次元監査官エィッリィクと、意外な人物であった…
果たしてデラ=グラントの衝突を免れることができるのか!?
そしてたくやとユーノが導かれる運命は!?

この世の果てで恋を唄う少女YU-NOアニメ公式サイトより~

龍蔵寺とたくや&レジスタンスの戦いは続く

今回は巫女のユーノとグランティアとシンクロが進むなか、龍蔵寺とたくや&レジスタンスの激闘が佳境を迎えるクライマックス。

龍蔵寺が無数に空けた次元の穴に飲み込まれたのはアマンダ。

彼女はそのまま1945年の少し前、1942年ころの日本に飛び(戦時中~戦後の混乱によく生きてこられたな)、そこで神奈ちゃんを出産しシングルマザーとして生きることになります。

龍蔵寺はナイアーブで同士討ちさせて神帝こと亜由美さんが次元シンクロ装置の周囲に張った結界を解くことに成功するとともに思念体を消滅。

そして、亜由美さんをナイフで突き刺し、殺害していきます。

さらに、龍蔵寺は思念体である正体を表し次元シンクロ装置を力技で破壊しにかかります。

同じころ、街の片隅で倒れていた絵里子先生を助けに来たのは思念体に混じってデラ・グラントにやってきた愛するアーベルの姿でした。

今度は龍蔵寺と絵里子先生の対決、龍蔵寺の思念体を思うようにはさせない!と操るアーベル。

アーベルの誘いにより絵里子先生は龍蔵寺の正体である思念体を消滅させることに成功、そして、龍蔵寺の人間の体もこのとき消滅していきます。

そして亜由美さんも、デラ・グラントに来てからずっと孤独を感じていて、いつかたくやに来てくれることを願っていたと漏らし息を引き取っていきました。

一方でユーノとグランディアの儀式は佳境を迎えていたが、完全シンクロが200秒、地球との限界半径突入も200秒、デラ・グラントが地球と衝突してしまう確率は50%だといいます。

しかし、絵里子先生は龍蔵寺の消滅により上層部から役目を終えたと判断され、自分の次元に戻されてしまいました。

そしてユーノとグランティアが完全シンクロの時を迎えることになりました。

しかしそれは、デラ・グラントと地球が衝突をすることを意味していました。

グランティアと完全シンクロしたユーノによりデラ・グラントは8000年前の地球にワープして、そのまま衝突。

デラ・グラントが8000年前の地球に衝突したのと前後してたくやはデラ・グラントで入手した超念石を持って神奈ちゃんのもとへ帰ってきた、命が助けられた神奈ちゃんの目の前で、カオスの矯正によりまたもや夜の三角山へと戻っていくことになってしまうたくや。

戻ってきたたくやが双子岩から先に行くと・・・そこにはグランティアと完全シンクロして、8000年もの間たくやと会うことを待っていたユーノが出現。

そしてたくやとユーノは2人でこの世の果てへと向かっていくのでした。

この世の果てにはこの世のすべてを記憶する木の若芽が芽生えていた、ユーノとたくやはこの木に名前をつけるのでした。

ユーノとたくやはこの世の果てへ

たくやもユーノと一緒にこの世の果てで事象を見守るエンドになったのね。

しかしなんだろうな・・・頭の中がごちゃごちゃしていてデラ・グラントのことが未だに全く整理できてないぞ・・・

随分展開がアクロバティックなことになっていましたからね。

何時間か格闘して頭の中が少しずつまとまってきたので書くとすると、

デラ・グラントは400年周期で地球の近傍に出現して接近を繰り返していて、その度にグランティアにより巫女が選ばれてグランティアとシンクロして衝突を回避させてきたんだけれども、現代に出現したデラ・グラントはグランティアとあれども地球との衝突が避けられないものであったためにこのときの巫女、ユーノは自分の身を犠牲にいまから8000年前の地球に飛ばし、デラ・グラントは物理的に地球に衝突し境町にある三角山の地下へと潜ることになったと。

やたら地球衝突時の演出が過剰ですが、その後の地球が全く滅亡していないのを見るとどうやら本当に”衝突”しただけの模様。

そこにタイムパラドックスはないのか??大丈夫か??

で、そのまま地球上では8000年もの時がたち、現代に再び現れた別のデラ・グラントがやはり地球に衝突しそうになるも巫女が8000年前にワープさせてそのまま地球に衝突させていく、これが、延々とループされていくってわけね。

つまりはデラ・グラントが地球に接近して離れていく、そこで歴史的大変が起きる400年周期ならぬ8000年周期の無限ループってやつか。

で、この現代のデラ・グラントの接近と衝突は、1990年代にオカルト界において一躍有名になった、ノストラダムスの大予言と絡んでくる、と。

その予言とは、「1999年7の月、空から恐怖の大王が降ってくる、アンゴルモアの大王を復活させるために、その前後、マルスは幸福の名のもとに支配に乗り出すだろう」というもの。

今でこそその予言はバカげたものとして嘲笑されるだけでしょうが、90年代は世界中で予言にあった1999年が近づいてくる・・・と本当に信じられていたんですよ。

ちなみにノストラダムスの大予言がはじめて日本で騒がれるようになったのは1973年の五島勉氏の著書。

私がちょっと前にのめり込みかけていたサイエンスエンターテイナー、飛鳥昭雄氏関連の著書で度々名前が出てきたのを思い出しました。

現代のデラ・グラントの衝突はいわば地球におけるXデー。

ということもあり、今作の結末が現代の地球に衝突するはずのデラ・グラントを8000年前の地球に落として終末を回避するのを見ると、どうやら90年代のSFのテーマの1つに、近い将来必ず迫りくる終末からの回避ってのがあったみたいですね。

あとはやがてやってくる終末から生き延びるためにさあ、我々の宗教に入信しよう!と新興宗教がはやったのがこの時期、オウム真理教は我々こそがそのアンゴルモアの大王だと日本を国家転覆させて新時代を作り上げると政党を立てて選挙に出たけれど、全く勝てなかったので数々のテロを起こしていったってのはある程度の年齢から上の方であればおわかりになるはず。

今頃90年代のSFを原作にした作品がアニメになるもんだから90年代の時代背景をSF、さらにはオカルトの観点から見ていかないといけなくなってしまいました。

まだまだこれでも足りないですが。

なぜなら、本当は五島勉氏のノストラダムスの大予言が刊行された1973年にまで戻らないといけないから。

SF以外のところで見ると・・・龍蔵寺が亜由美さんをナイフでひと刺ししたシーン、あまりにもスムースな流れすぎて思わず笑ってしまいましたよ。

亜由美さんがデラ・グラントに来たときに孤独に感じていたのは・・・見知らぬ地であることや、政治的軋轢みたいなものが大陸中を覆っていて、そこに出る幕が一つもなかったからかな。

ものすごく最後がアクロバティックでしたが、90年代のSFを懐かしめて楽しめました!

本当にありがとうございました!!