【さらざんまい】第11話感想、考察:エンディングに乗せて悠の少年刑務所なる新手の演出、未来は自分で作り出せ




さらざんまい第11話「つながりたいからさらざんまい」の感想です。

前回は撃たれて死にかけになった燕太を助けるためにカワウソ帝国のアジトへ侵入した一稀のエピソード。

しかし、アジトにはマブを助けたいレオの姿もあった、さらに、アジトにはいないけれど悠も誓を生き返らせようとしています。

燕太はカワウソの顕現した絶望の一稀によりマインドコントロールさせられそうになるも、燕太の「そのままの一稀とつながっていたい」願いが強いためにコントロールされず。

マブの真実をカワウソから聞かされた&尻子玉により秘密が漏洩したレオ、実はマブはレオとのつながりを断てと言われていた、それでもマブは隣りにいたい、つながっていたいがために、ペナルティでもある「欲望を吐き出したら死」から逃れるために感情でのつながりを断つことを選んでいだのです。

しかし、最後の最後に欲望を吐き出したマブはそのまま命を落とした、後を追う形でレオも銃弾一発こめかみに撃ち息を引き取っていったのでした。

最後、誓を救いたい悠が見たもの、それは自分の目の前で燕太を救った一稀の姿でした。




第11話あらすじ

兄に導かれ、縁の外側を目指す悠。あとを追う一稀と燕太は悠を取り戻せるのか…?ケッピとカワウソの戦いの行方は?愛も嘘も欲望も、すべての痛みを共有してきた三人は、今何を願うのかー?辿り着いた場所で、三人は何を見るのか―?

さらざんまいアニメ公式サイトより~

悠、一稀、燕太、ケッピの運命はどうなる!?

今回は絶望の縁に立たされ、過去、そして一稀や燕太とのつながりを捨て去ろうとする悠が一稀と燕太により取り戻され、過去のエピソードにおける殺人が罪に問われ3年間の服役を経て再度というか実際には一稀と燕太にとっては悠とのつながりを断ったわけではないんですが悠は3人のグループを組むことを選んだ、そんなエピソードでした。

前回ラストにおいて、自分の目の前で燕太が生き返ったことで絶望の縁に立たされ、カワウソにいざなわれるように縁の外へと歩きだしていった悠。

そこには誓が待っていました。

誓は一稀と燕太を「裏切ったやつ」と言います。

誓とともに縁の外側に向かうまで過去の自分を銃で一発ずつ消しながら歩いていく悠。

「傷つく前にはじめからなかったことにしちまえ」と悠を誘導していく誓。

過去を捨て去っていく悠を一稀と燕太は必死に追っていきます。

一方でカワウソとケッピも戦いがはじまりました。

ケッピは先の戦いにおいて、いまはカワウソ帝国が持っている絶望こと黒ケッピを投げ捨てて行きていくことを選んだのです。

この場合、ケッピはどんどん大きくなっていく絶望を受け入れられなくなり、飲み込まれる直前に自身から切り離し逃げたと言ってもいいか。

悠はすべての始まりである、両親が健在しサッカー選手になりたかった少年時代まで戻ってきました。

その後悠自身に訪れる運命から逃げるかのように、この自分を消してしまえば楽になれる、

悠は少年時代の自分を撃ち、自分自身を捨て去るつもりでいましたが一稀と燕太はそれを阻止しに来た、それはもしつながりを捨てられても再度つながりを作ろうとしたから。

悠や救い出した2人が見たもの、それはずっとそっぽを向いていたけれど、実際はずっと背中合わせになっていて向き合うべき時を迎えた自分自身の過去でした。

一稀は自身の生い立ちが尾を引きずり、新しい家族、母親や春河ともつながりを保てずにいた、実際は誰かがそんな自分に気づいて引っ張り上げてくれるのをただ待っていた。

燕太はいくじなしで、少しから離れたところでものごとを見ることで当事者になることから逃げていた、実際は自分だったらこの時こうする、とどうしようもない妄想が破裂するのを待っていた。

悠は両親の死により希望を手放した、実際はその両親の死から逃れたく、自分も鉛色の罪に取り殺されるのを待っていた。

そんな待ちの姿勢から変化することを望んだ悠、一稀、燕太、それとケッピは絶望を具現化したカワウソを倒し、絶望を受け入れることで未来への欲望を手にすることができたのでした。

そして過去と向き合った悠は殺人罪と野菜売ってた罪と車上荒らしの罪を受け入れ少年刑務所へ入り3年間の服役生活を送り君の人生はこれから始まるとの刑務官の言葉とともに社会復帰し、ずっと待っていた一稀と燕太とまたつながりをもつのでした。

いやいやいやいや、ループものになるのかと思いきや、今まで逃げてきた過去をすべて受け入れてエンディングテーマをBGMに他の作品ではカットされそうな悠の服役を、長い髪を剃って坊主頭になるところから超具体的描写で描いてくるとか全く予想しておりませんでしたよ。

一稀の窃盗罪(人んちの飼い猫を盗んで自分の飼い猫にした件)についてはおそらく被害届が出されていなかったので不問かな。

終わった自分の人生をもう何も失うものがないぜウェーイと開き直って吾妻橋から川へ飛び込むシーンはまさに最高でしたね。

逃げていた絶望が顕現したのがカワウソ

さらざんまいの全エピソードを通し、登場人物がずっと後ろを向いて逃げていた絶望が顕現したのがカワウソでした。

みなさんも持っていますよね、欲望、希望と隣り合わせの絶望を。

絶望から逃れるためにはずっと後ろを向いて逃げてきていた一稀たちが向きを180度変えて、その絶望と向き合って倒していったように、自分自身が変化をするしかないんですが、みなさまにはそれができているでしょうか??

異世界転生や日本の重苦しい閉塞感へのアンチテーゼがテーマの1つか

さらざんまいのオーラスで提示された視聴者へのメッセージ、「いざ、未来へ」。

私たちには未来しか見るものがない、だから明るい未来を自分自身で作り上げていこうぜというのがこのメッセージの趣旨なんですが、なんだかいま見ると、現代においてものすごく流行している異世界転生ものの作品や将来世代が感じている閉塞感に対するアンチテーゼにも思えるテーマでしたね。

絶望を感じるようになった一稀たちが「どこか別なところに行きたい」と逃げの思考を持つようになった、でもこの世から死ぬ勇気はない、同じことを考えていた人間が死ぬかわりに現実逃避とばかりに実際に作家となって文章として作り上げたのがいまはやりのチート異世界です。

異世界転生ものといったらこの世で生活していても上がる税金と下がる給料、上がる年金受給開始年齢と下がる年金受給額のように絶望した人間が現実逃避するかのように読み漁る、過去や自分の未来を消して異世界に転生すれば「なんら努力をしなくても」自分だけ周りとは段違いのチート能力を手に入れていて他人が苦労しているザコ敵一匹ですら有り余る攻撃力で次々となぎ倒し、国家ともコネを持ち女性にもモテモテと何かと優遇されるさまがお決まりの展開なんですが、なぜかこの作品が30代~40代に人気なんです。

これからの日本を作り上げていく世代が揃いも揃ってこの世に絶望をしているというんですから驚きですよね。

給料が安いと思うのならダラダラとガチャゲーなんて空き時間をつぶすかのようにはまらずに高い給料が得られる企業に転職活動してもよし、副業しても良しと自ら変わらないといけないというのに。

今は買い手市場だぜ??

テレビだけではなくみんなが情報源としているインターネットでも誰か見知らぬ人の悪意により捻じ曲げられたネガティブな情報が飛び交っていますがこちらにはそれみたことかと怒り狂うが、だれにも捻じ曲げられていないポジティブな情報には疑った目をして一切見向きもしない。

絶望から逃れるかのように悪を討ち取る正義の味方ごっこだけしても世の中は全然変わらない、むしろ、人々が持つ欲望よりも絶望感のほうが強いために本当に絶望が顕現化したような未来ができあがってしまう。

そこから楽になりたいためにみな過去の現役世代、今で言う高齢者世代が起こした悪事をあらいざらい晒して消し、正しい方向になるように動いているんですが、(現在から見た)過去を否定したところで何になるというのか!?

誰かがやってくれるのを待つ、でも誰もやってくれないから苦し紛れに過去の悪をどんどん暴いて正義の味方ぶっているんでしょうが、そんなことをしてるんだったらもっと自分の持っている欲望を全面に出し、変化をしていったほうがよっぽど楽になれるのではないか!?

なぜなら、待ちの姿勢では10年20年経っても成長をしないからです。

自分たちでレッテルを貼りまくり、勝手に閉塞感を生み出してどうする!?

自分たちの未来、可能性を自分たちで壊してつぶしてどうする!?

と、なにかと考えさせられる作品でしたね。

同じ曜日に異世界転生作品の代表格、賢者の孫が放映されているのはなにかの偶然と言えますね。

賢者の孫見てキャッキャしている人間がとうてい受け入れられないのがさらざんまいなんだろうな・・・

さらざんまいは今期の数多く放映されているアニメの中でも数少ない最高ランクの作品なんですが、なんで最高のエピソードだらけの作品がまっさきに最終話を迎えちゃうの!

あと1話、あと1話だけでも枠があればいいのに・・・

次回の幾原監督作品のオリジナル作品があるとしたらぜひ見たいですね。

今度はどういうメッセージを視聴者に独特な世界観で伝えてくるんだろうな・・・