キャロル&チューズデイ第24話感想:We are the worldエンドのなろう系音楽アニメだった




キャロル&チューズデイ第24話「A Change is Gonna Come」の感想です。

とりあえず奇跡の7分間だけ見に帰ってきました。

2クール目から政治ネタやり始めた時点でああ、最後の奇跡の7分間はWe are the worldになるのは分かりきっていたんですが、本当にWe are the worldで締めたなオイ。

思ったんだけどさ、これさ、なろう系音楽アニメって言ってもいいよね、主人公の音楽が大好きな政治家一家の娘と、貧困層の孤児の2人の少女が街でバッタリ知り合って、即席で作った曲がいきなりインスタグラムで話題を呼び、しかも敏腕マネージャーなるチートが向こうからわざわざやってきてくれて何ら苦労をすることもなく売れていって大物アーティストに次々と出会ってコネを作っていく流れ、そんなもん、コネ太郎こと賢者の孫となんら変わらないじゃありませんか。

アンジェラサイドもAI作曲なる設定が出てきたときにはちょっと注目しましたが、ストーリーが進むごとにどんどんAIなんてのが死に体になっていきましたし、なぜかしばらく見ない間にアンジェラと母親が本当の親子じゃなかったなんて言うものすごくどうでもいい展開になってましたし。挙げ句政治なんて持ち込んでいたときには私もどっちらけですよ。

ストーリーは破綻してもいい、監督が本当にやりたかったのは戦争がはじまりつつある平成の最終期~令和の時代におけるWe are the worldの再演だけだろこれもう。

小室哲哉も自分がプロデュースしているアーティストたちを集めて「we are the one」って曲を作っておなじことをやっていたなそういや、彼はおそらく戦の時代を迎えるであろう令和の時代に迎え入れられず、最悪の格好で引退してしまいましたが。

やっぱり音楽「趣味」者、音楽「マニア」が音楽アニメを作るのは間違っていたよ、音楽に政治を持ち込んでしまったのがすべての間違いだった、少なくとも一流でなくてもいいから音楽活動の「経験者」がアニメを作らないといけませんでした。

川島○三他、幼稚な鉄道オタクが考える「ぼくのかんがえるさいきょうのてつどうだいや」をそのまま映像にしたのがこの作品でしたね。

本当につまらないと感じたら即視聴を打ち切る、損切りは大事だったことを思わされたアニメでした。