中央防波堤埋立地の30年前に帰属で揉めた13号地とその歴史

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東京オリンピックも目前に中央防波堤埋立地の帰属が揉めに揉めています。

これは私もいくつか記事にしてきました。

実は今から30年以上も前、東京にはもう一箇所帰属争いが揉めに揉めて調停まで持ち込まれた埋立地が1ヶ所あります。

それがここ、13号地。

今のお台場と青海がある場所です。

少し前まで首都高湾岸線の入り口は「13号地出入口」でしたね。

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13号地の帰属はどこの区が名乗り出た

13号地の帰属の議論が交わされるようになったのは1979年ごろのこと。

このときに名乗り上げたのは「港区」「江東区」「品川区」の3つの区でした。

・港区は台場公園と陸続きだから

・品川区は東京港トンネルでつながっているから

・江東区は国道357号線といった多数の橋でつながっているから

ということで3区ともに明確な理由があり、中央防波堤埋立地のときと同様、やっぱり一歩も譲らない展開に。

当時の13号地はずっと空き地で、残土で埋め立てたので中央防波堤埋立地ほど地盤も弱いわけではないために開発の余地が非常に多く残されていましたからね。

結局どうなったかというと、やはり3区の主張は平行線をたどりそのまま調停に持ち込まれることになります。

1982年に江東区が74%、港区が17%、品川区が9%の面積をもらうことになりました。

区割りはこんな感じ。

13号地の帰属の場合、調停の結果に3区ともあっさり納得がいったようで、その後争いが長引くということはありませんでした。

品川区の帰属になったところはこの頃すでに公園と船の科学館がありましたし、港区も13号地のうち、首都高湾岸線から北側という海が見渡せる意外とおいしいエリアをゲットできていますからね。

港区というブランド効果(品川ナンバーが取得できる)からか臨海副都心開発では商業施設2棟とホテル2棟に加えフジテレビやサントリーも呼び込め開発が終了したのが一番速いエリアでした。

1970年~1980年までの13号地

ここで帰属争いの手がかりにならないか、1980年までの13号地の歴史も見ます。

13号地が埋め立てられたのは1970年の初め頃。

東京湾を浚渫した残土と建設残土で主に埋め立てられました。

1974年に埋め立てが終わるんですが、このときの13号地はその1とその2の2つの島に分けられてました。

<国土地理院HP内、地図、空中写真閲覧サービスより>

上の横に広い島が「13号地その1」、下の細長い島が「13号地その2」。

そしてこの2つの島をつなぐ橋が台場大橋という橋。

航空写真で1970年代以降のお台場を見ると、他にもいろいろ仮設の橋がつながってました。

トンネル工事なんかが行われていて本来の橋がまだ使えなかったために何本か小さい橋をつないでいたみたいですね。

当時完成していたのは船の科学館と今のお台場ライナー埠頭という小さい貨物を扱う倉庫、そして今はなき建材埠頭。

中央防波堤内側廃棄物処理場も稼働を始めているんですが、当時は仮設の細い道路を使い、これまた橋で連絡してました。

そして帰属争いが始まったころの1979年の航空写真。

<国土地理院HP内、地図、空中写真閲覧サービスより>

ちょうどこの年に宇宙博が13号地の船の科学館隣接地で開催されてました。

首都高湾岸線も開通し、東京港トンネルを介し品川からも来られるようになってます。

そして帰属が決まった後の1984年の航空写真。

品川区内に13号地公園も開園し、首都高湾岸線がさらに東に伸びました。

どうやら、帰属争いの解決にあたっては13号地その1を3つの区で分け合ったようですね。

13号地その2は江東区域と接していることから、全域が江東区のものになりました。

建材埠頭は全域で港区のエリアになり、品川区のエリアにはすでに公園も完成しています。

面白いのは今の港区台場に4面分の野球のグラウンドが2ヶ所ほどあることですね。

どうやら長いこと空き地になるためかすっかり子どもたちの遊び場になってました。

この頃からお台場は穏やかな海風が吹いてくることが知られるようになり、ウィンドサーフィンを行う人が集まるようになります。

お台場海浜公園にあるボード預かり所はこのときの名残。

今は高層ビルが建ち並んだことで風も変わってしまったためにウィンドサーフィンを楽しむ人はいなくなってしまいました。

とまあ、埋め立てられてから15年ほどの間はずっと空き地だったんですよねこの埋立地。

それにしても、大人の事情は複雑すぎますね。

それにしても複数の区市町村で一つの島の帰属争いをしてすんなり解決したケースって・・・あるんですかね。

どの自治体も表立って言うわけないですよね、この島は将来お金を生み出してくれるから他の区市町村に絶対に渡す訳にはいかないなんて。

中央防波堤埋立地の帰属もかなりきな臭いところに進んでしまいましたが、これ、円満に解決できる方法なんてないに等しそうです。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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