レインボープロムナードで開発中のお台場の写真を見つけた

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私は高校生の頃から、お台場、臨海副都心の開発前、開発中の写真や文章を漁っていました。

昔のお台場はどんな場所だったのか?非常に気になってしまい、東京みなと館に何回か閉館まで趣き、個人が作ったホームページを血まなこになって検索していたのも懐かしいです。

その中には鹿島建設のホームページにフジテレビの球体がジャッキアップされる途中の画像もありました。

鹿島建設HPより

ある時、レインボープロムナードを徒歩で渡っていたところ、とある場所にあった案内パネルがやけに古めかしかったので思わず撮ってしまいました。

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レインボープロムナードにあった昔のお台場の画像

これがレインボープロムナードにあった昔のお台場の画像です。

非常にレアなパネルだったのでつい写真に撮ってしまいました。

このパネルがあったのはレインボープロムナードのサウスルート、芝浦主塔のところ。

まさか臨海副都心が全域で工事をやっていた頃の画とは・・・

このパネルはいつごろ撮られたか?

開発状況的に、レインボーブリッジが完成する直前の1993年頃と推測できますね。

レインボープロムナード開通に合わせこのパネルも設置されたものの、24年経った今でも差し替えられずに残されています。

この頃はお台場のある13号地は全域で臨海副都心の開発工事が行われていた頃で、地下に共同溝を埋めていたり、建物の基礎部分が造られていたりしていました。

そのためかあちらこちらで道路が迂回されており、仮の道が何本もできていることが分かります。

1993年当時は既にバブルは崩壊していましたが、臨海副都心発展の起爆剤として世界都市博覧会の開催が決まっていました。

これも1995年、青島都知事が中止を発表したのはご存知のとおりでしょう。

「世界都市博」を画像検索すると計画時のイラストが出てきます

これにより臨海副都心の中心部にはぽっかりと広い空き地が残されました。

1997年放映の踊る大捜査線でも湾岸署のことを「空き地署」と自虐的に呼んでいましたね。

その後2008年にまさかお台場に本当に(東京)湾岸署ができるとは。

お台場で一番古い飲食店「お食事処ゆき」はこの当時には既に営業が行われていて、ウィンドサーフィンを楽しむ人や、この開発工事に携わっていた作業員の人々でたいそう賑わっていたそうな。

現在でもこのお店は営業しています。

お台場海浜公園駅を歩いてすぐ、マルエツの向かいです。

むか~しはホームページを持っていて、90年代当時のお台場の様子がわかるページも何点か掲載されていたのですが、こちらも今は削除されてしまったようですね。

よかったページを保存しておいて。

一番下の画像、「13号地公園」という名前がありますが、潮風公園に変わる前はこの名前でした。

既にリニューアル途中のために更地になっており、海沿いにはデッキが完成しています。

ちなみにこれを撮影したのは2005年のことですが、今でもパネルはこのままなのでしょうか?

だとしたらもう一度撮りに行きたいですね。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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