ニュースで取り上げられている中央防波堤埋立地とはゴミの最終処分場

東京オリンピックが近づいている中、どこの区のものなのか帰属がいまだ決まっていないことがニュースになりたびたび当ブログでも取り上げている「中央防波堤埋立地」。

そもそもこの埋立地がなぜ生まれたのか?そして、今はどんな場所になっているのか?を知っている方は恐らく1割もいないでしょう。

東京都民ですらゲートブリッジの向こうの未開の島としか思っていないであろうこの埋立地について紹介します。

東京23区のごみの最終処分場

この埋立地の正体、なんと今までの都民の生活で発生したごみを受け入れている最終処分場です。

東京23区の場合、江戸時代から町ででたごみは沖合の海に埋め立てて処分してきました。

越中島、潮見、夢の島、新夢の島(若洲)・・・

そして新夢の島の埋め立て処分場もいっぱいになってしまったことから次に選ばれたのがお台場のさらに沖合に設置されている中央防波堤の周囲でした。

この間にはゴミ戦争なんて物騒な争いも勃発しました。

江東区に住んでいるおじいちゃんおばあちゃん世代なら覚えている方もいらっしゃるんじゃないでしょうか。

平べったい台形のような形をした中央防波堤内側埋立地が埋め立てられたのは昭和48年(1973年)~昭和61年(1986年)。

意外にも古いですね。夢の島での埋立処分が終わったのが昭和42年(1967年)ですから、その6年後に埋め立てが開始されたことになります。

そして大きい台形の形をした中央防波堤外側埋立地の埋め立てが開始されたのは昭和52年(1977年)。

ごみの埋め立ては終わりましたが浚渫土や建設残土の埋め立ては続いています。

実はエリアによって処分されているものが違う

実はこの埋立地、エリアによって処分されているものが違います。

一つはゴミを燃やしたり細かくしたりしたあとの残骸、もう一つは住宅の造成や土木工事で出た残土や大型の貨物船が通れるよう東京湾の底をさらったときに発生した浚渫(しゅんせつ)土ですね。

残土や浚渫土で埋め立てられた地域は耐震補強も行われてある程度地盤もしっかりしてますので建物も建てられるんですが、ゴミで埋め立てた地域はさすがに超軟弱地盤ですから建物を建てることは不可能、いいとこ海の森公園のような公園としての利用がせいいっぱい。

どんな廃棄物で埋め立てられたかはこんな感じでエリア分けされてます。

埋め立てられたごみは腐敗しひどいにおいとハエとメタンガスを発します。

昭和の時代は埋め立てられたごみはそのまま積み重なり、悪臭と大量のハエとボヤが発生していました。

今はごみは土で厚くサンドイッチされ何層にも重ねて、発生したメタンガスを集める施設が設置する対策を行ってるのでニオイやハエに怯えることはなくなりました。

かつてはガス抜きの穴とでっかいストローみたいなものが埋立地のそこらじゅうにあったみたいですよ。

若洲のゴルフ場ももとはごみの埋立地でしたからメタンガスが漂っていて火気厳禁、タバコを吸おうもんならガス爆発を起こす可能性もあったとか。

中央防波堤の埋立地には今、何があるの?

気になるのは今の中央防波堤には何があるのか?ということ。

今の中央防波堤埋立地にあるのは・・・

トラックヤードとコンテナ埠頭とごみ処理施設!

なんだか夢も希望もありゃしませんが、海外からの貨物が増えてきているので港の設備もいっぱいいっぱいでして・・・

そしてもとはゴミ処分場だったこともあり環境対策の設備も多め。

あとは都心の渋滞を避けるトラックがびゅんびゅん飛ばしているゲートブリッジや海底トンネルが通っていて、バイパスのような位置づけになってます。

唯一夢がありそうなのは海の森公園ですね。

2007年に樹が植えられまだまだ整備中ではあるんですが、オリンピックの会場としても使われますし、さらに今から20年後には木がしげった海の楽園になることでしょう。

私も新しい観光地として期待をしております。

東京都内最後のごみの埋立地=新海面処分場

ところで、中央防波堤埋立地の沖合にはさらにごみの最終処分場が展開されています。

それが「新海面処分場」というところ。

1998年に埋め立てが始まり、寿命50年と言われた処分場の容量の1/4くらいはすでに埋まってしまってます。

南にある海域もいずれは護岸が造られ、ごみの埋立地になることでしょう。

なんとかリサイクルやごみをこまかくして処分場としての寿命を伸ばしていますが・・・

この処分場が満杯になったとき、果たしてどんなごみ対策が行われているのか。

遠くて近いだけに知りたいようで知りたくもないですね。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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